江戸時代の十三夜に何を売っていた?3つの秘密と現代に繋がる開運の商い
2026年の今、私たちは秋の夜長に月を愛でる習慣を大切にしていますが、江戸時代の人々にとって「十三夜」は十五夜に並ぶ、あるいはそれ以上に大切な特別な一夜でした。
「十五夜(中秋の名月)」は知っていても、「十三夜」の由来や、当時どんなお店が賑わっていたのかを知る人は少ないかもしれません。 実は江戸の街では、この時期になると現代のショッピングモールのような活気あふれる市が立ち、縁起を担ぐための特別な品々が飛ぶように売れていました。
この記事では、歴史的資料に基づき、江戸時代の十三夜に「何を売っていたのか」を徹底調査しました。 当時の商いの様子を知ることで、現代の私たちが月のパワーを最大限に受け取るヒントが見つかるはずです。
「片見月(かたみつき)」を避けるための江戸っ子の知恵や、栗や豆に隠された商売繁盛の秘密を紐解いていきましょう。 それでは、タイムスリップしたような感覚で、江戸の十三夜を巡る旅に出発しましょう!
・江戸の街を彩った「豆」と「栗」の露店販売
・なぜ「栗名月」?秋の味覚を売るお店の戦略
・お月見団子の形と供え方の江戸流ルール
・すすきを売る花屋と縁起物の深い関係
- 十三夜とは?江戸時代に売られていた主要なもの
- 江戸の街を彩った「豆」と「栗」の露店販売
- なぜ「栗名月」?秋の味覚を売るお店の戦略
- お月見団子の形と供え方の江戸流ルール
- すすきを売る花屋と縁起物の深い関係
- 江戸の居酒屋や茶屋での十三夜限定メニュー
- 現代版・十三夜の楽しみ方:江戸の商いに学ぶ「ジェネリック」な代替案
- 江戸の玩具屋が売っていた「お月見遊び」の道具
- 江戸の呉服屋が提案した「お月見の装い」と流行色
- 江戸の「市」で売られていた縁起物と開運グッズ
- なぜ十三夜は「栗」なのか?販売店が作ったブームの裏側
- 十三夜の「片見月」を逆手に取った商人の知恵
- 江戸の「水辺」で商売をしていた船宿の十三夜
- 十三夜の「お供え野菜」に隠された意味と販売店の工夫
- 江戸の「筆屋」が十三夜に売った「月見の記録」
- 江戸の「灯り」を売る商売:十三夜の照明事情
- 江戸の「占い師」が十三夜に売っていた「月のお告げ」
- 江戸の「酒屋」がおすすめした、十三夜にぴったりの銘柄
十三夜とは?江戸時代に売られていた主要なもの

江戸っ子が夢中になった「豆」と「栗」の販売
江戸時代の十三夜は、別名「豆名月(まめめいげつ)」や「栗名月(くりめいげつ)」と呼ばれていました。 そのため、街中の八百屋や露店では、収穫されたばかりの枝豆や栗が山積みにされて売られていました。
現代のコンビニのように手軽に買えるものではありませんでしたが、この時期の栗や豆は「縁起物」としての価値が高く、 少し奮発してでも良いものを買おうとする人々で溢れかえっていたのです。
特に、良質な栗を扱う専門店は「この時期に買わないと損をする」と言われるほどの人気で、 行列ができることも珍しくありませんでした。
「片見月」を回避するための商売戦略
江戸時代には「十五夜を見たら、必ず十三夜も見なければならない」という強い風習がありました。 片方しか見ないことは「片見月」と呼ばれ、災いをもたらす縁起の悪いこととされていたのです。
この心理を逆手に取り、商家は「十三夜の備えは万全ですか?」という呼びかけで商品を販売しました。 団子、酒、野菜のセットなどが売られ、現代で言うところの「イベント限定セット」のような形で流通していたと考えられます。
こうした背景もあり、十三夜の時期は消費が非常に活発になり、江戸の経済を支える重要なイベントの一つとなっていました。
江戸の街を彩った「豆」と「栗」の露店販売
八百屋だけじゃない!専門の「栗売り」の登場
十三夜が近づくと、江戸の各所に「栗」を専門に扱う露店が現れました。 当時の栗は、単なる食料ではなく、神様へのお供え物としての側面が強かったため、 その粒の大きさや色の美しさが重要視されました。
商人は「この栗は〇〇産で、甘さが格別だ」と威勢の良い掛け声で客を呼び込み、 道行く江戸っ子たちはその声に誘われて、家族のために最高の栗を買い求めました。
また、茹でたての栗をその場で売る店もあり、その香ばしい匂いは秋の江戸の風物詩となっていたようです。
「豆名月」を支えた枝豆販売のこだわり
「豆名月」の名の通り、枝豆もこの時期の主役でした。 しかし、当時の枝豆は現代のように冷凍品があるわけではありません。
農家から直送された新鮮な枝付きの豆が、籠いっぱいに詰められて売られていました。 豆を食べることは「まめに暮らす(元気に働く)」という語呂合わせもあり、 無病息災を願う人々に非常に好まれたのです。
このように、江戸の十三夜における物販は、実利と信仰が絶妙に混ざり合った独特の文化を形成していました。
なぜ「栗名月」?秋の味覚を売るお店の戦略
季節の「初物」としての価値を高める演出
江戸っ子は「初物(はつもの)」が大好きでした。 十三夜の時期に収穫される栗は、まさに秋の深まりを告げるシンボルです。
お店側は、これを「今しか手に入らない貴重なもの」としてブランディングしていました。 美しい和紙で包装したり、神棚に供えやすいように工夫されたりすることで、 商品の付加価値を高めていた形跡があります。
現代のデパ地下で季節限定スイーツが売られているのと、本質的な商法は変わっていません。
供え物需要を狙った「抱き合わせ販売」
十三夜にお供えをするためには、栗や豆だけでなく、お酒や季節の果物も必要です。 賢い江戸の商人たちは、これらをセットにして販売する「抱き合わせ販売」を行っていました。
例えば、栗を買うと、お供え用の三方に敷く紙をサービスしたり、 逆に「これ一式でお月見の準備が整います」というセットを売り出したりしていました。 こうしたユーザーの利便性を考えた商売が、江戸の繁栄を支えていたのです。
お月見団子の形と供え方の江戸流ルール
十三個の団子を売る団子屋の繁盛ぶり
十三夜には、その名の通り「13個」の団子をお供えするのが一般的でした。 (地域によっては12個=1年の月数とする場合もありましたが、江戸では13が主流でした)。
そのため、町の団子屋さんは書き入れ時です。 普段売っている団子とは別に、お月見用の真っ白な、少し大きめの団子を特別に作って販売していました。
保存料のない時代ですから、当日の朝から総出で団子を丸める様子は、 そのお店の活気を象徴する光景だったに違いありません。
形へのこだわり:丸か、それとも少し潰すか
江戸の団子には、実は形にもこだわりがありました。 十五夜は満月を模して真ん丸に作ることが多かったのですが、 十三夜は少し欠けた月を表現するために、あえて少し平たくしたり、 地域によってはピラミッド状に高く積み上げるための専用の台と一緒に売られていました。
このような「形」へのこだわりも、当時の江戸っ子の美意識を反映しており、 それを提供するお店側の職人魂を支えていたのです。
すすきを売る花屋と縁起物の深い関係
「神の依代(よりしろ)」としてのすすき販売
お月見に欠かせない「すすき」。 現代ではその辺に生えているものを取ってくるイメージがあるかもしれませんが、 江戸の街中では、きちんとした「商品」として花屋や市で売られていました。
すすきは稲穂に似ていることから、豊作を祈願する象徴とされていました。 さらに、切り口が鋭いことから「魔除け」の効果があると信じられていたため、 十三夜が終わった後も軒先に吊るしておく家庭が多かったのです。
そのため、見栄えの良い、穂がしっかりとしたすすきは、 お月見のディスプレイ素材としてだけでなく、お守り的な価値を持って販売されていました。
花屋が提案した秋の七草セット
江戸の花屋は、すすきだけでなく「秋の七草」をセットにして売ることもありました。 萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、葛(くず)など、月明かりに映える秋の植物たちです。
「月の美しさを引き立てる名脇役」としてこれらの草花を飾ることは、 江戸の知識層や商人層にとってのステータスでもありました。 季節を売る、という花屋のビジネスモデルがこの時代に確立されていたと言えるでしょう。
江戸の居酒屋や茶屋での十三夜限定メニュー
「月見酒」を供する酒屋と居酒屋の賑わい
家でお供えをするだけでなく、江戸の人々は外でお酒を飲みながら月を楽しむことも大好きでした。 十三夜の夜、酒屋は特別な銘柄を「月見酒」として提供し、 居酒屋では月に関連した肴(さかな)を並べました。
例えば、里芋の衣かつぎや、豆の和え物など、まさに当時の「売れ筋」を凝縮したメニューです。
茶屋で出された「月見限定」の和菓子
有名な茶屋や菓子屋では、十三夜に合わせた期間限定の和菓子が売られていました。 栗餡(くりあん)をたっぷり使った饅頭や、月の形を模した干菓子など、 見た目の美しさと季節感を両立させた商品です。
こうした限定品を買い求めることは、江戸の女性たちの間でも大きな楽しみの一つとなっており、 SNSのない時代でも「あそこの店の菓子が良い」という口コミで、特定のお店に客が集中したのです。
現代版・十三夜の楽しみ方:江戸の商いに学ぶ「ジェネリック」な代替案
高級栗 vs コンビニスイーツ:どっちが江戸流に近い?
江戸時代の最高級の栗は、現代で言えば1粒数百円するようなブランド栗に相当します。 しかし、当時の一般庶民が皆それを買えたわけではありません。
そこで現代の私たちが取り入れられる「ジェネリック江戸体験」が、 コンビニの「むき甘栗」や「栗スイーツ」を活用することです。 実は、江戸時代も庶民は「割れ栗」や「小粒な豆」を安く買って、工夫して楽しんでいました。
| アイテム | 江戸の本物志向 | 現代のジェネリック案 |
|---|---|---|
| 栗 | 産地直送の生栗(茹でる) | コンビニのむき甘栗 |
| 豆 | 枝付きの新鮮な枝豆 | 冷凍枝豆(塩味付き) |
| 団子 | 当日朝作りの真っ白な団子 | 市販の串団子(タレなし) |
大切なのは形だけではありません。 「秋の収穫に感謝し、月を愛でる」という心こそが、 江戸から続く十三夜の商いの本質だったのです。
江戸の玩具屋が売っていた「お月見遊び」の道具
影絵や灯籠を売る店が十三夜に果たした役割
十三夜の夜は、月明かりを活かした遊びも盛んでした。 玩具屋では、お月見の夜を彩る「手提げ灯籠(ちょうちん)」や、 障子に映して遊ぶ「影絵の型紙」などが売られていました。
電気のない時代、月の光をどう楽しむかという視点で、 様々なアイデア商品が生み出されていたのです。 これは現代の「キャンプ用品」や「アウトドアランタン」の楽しみに近いものがあります。
うさぎをモチーフにした小物の大流行
「月にうさぎがいる」という伝承は江戸時代も一般的でした。 そのため、十三夜に合わせてうさぎをデザインした巾着や、小さな置物などが売られ、 特に子供や若い女性の間で「かわいい」と評判になりました。
季節ごとの流行を敏感に察知し、それに関連した雑貨を売るという手法は、 現代の雑貨店(ロフトやハンズなど)の原点とも言えるかもしれません。
江戸の呉服屋が提案した「お月見の装い」と流行色
十三夜に合わせた「秋色」の着物販売
江戸時代の呉服屋(現在の百貨店のルーツ)にとって、十三夜は秋の新作を披露する絶好の機会でした。 この時期、江戸の街で売られていた着物の色は、月明かりに映える「落ち着いた渋み」のある色が主流でした。
「月白(げっぱく)」や「納戸色(なんどいろ)」といった、夜空や月光を連想させる色が特に好まれ、 呉服屋の店先には、これらの反物が美しくディスプレイされていました。
また、着物の柄には「すすき」や「萩」といった秋の七草が刺繍されたものが売れ筋でした。 十三夜の月見の宴に招かれた人々は、これらの季節感あふれる装いで出かけ、 お互いのセンスを競い合っていたのです。
現代で言えば、クリスマスやハロウィンの時期に合わせた限定ファッションが発売されるのと同じワクワク感が、 江戸の呉服屋には溢れていました。
帯留めや小物に隠された「うさぎ」のヒット商品
大きな着物だけでなく、小さな小物類にも十三夜の商機がありました。 根付(ねつけ)や帯留めに、小さなうさぎや満月をあしらった細工物が飛ぶように売れていたのです。
「粋(いき)」を重んじる江戸の人々は、 全身を月見一色にするのではなく、こうした細部に季節を忍ばせることを楽しみました。
これらを手掛ける職人たちは、十三夜に向けて数ヶ月前から準備を進め、 「今年一番の月見小物」を市場に投入していました。 江戸の街全体が、一つの行事を中心にして経済を動かしていたことが分かります。
江戸の「市」で売られていた縁起物と開運グッズ
商売繁盛を願う「豆」の特別な売り方
「豆名月」と呼ばれる十三夜において、豆を売ることは商売繁盛の象徴でもありました。 単に食用の豆として売るだけでなく、「まめに働く(勤勉)」「まめに暮らす(健康)」という願いを込め、 福徳を呼ぶための「縁起豆」として特別な袋に入れて売る店もありました。
特に大きな商家では、十三夜に訪れる客に対してこれらの豆を振る舞ったり、 お土産として持たせたりする習慣がありました。
これにより、「あのお店の豆は縁起が良い」という評判が立ち、 十三夜の時期にはそのお店自体が繁盛するという、現代のPR戦略のような効果を生んでいたのです。
幸運を呼ぶ「月の出」を待つための専用カレンダー
江戸時代には「引札(ひきふだ)」と呼ばれるチラシのようなものがあり、 そこには「今年の十三夜の月の出時刻」や「吉方位」が詳しく記されて売られていました。
今で言う星占いやラッキーアイテムの紹介に近く、 人々はこれを買い求めて、どの時間帯にどちらの方向を向いて月を拝めば運気が上がるのかを熱心に調べました。
こうした情報を販売するのも当時の「情報ビジネス」の一環であり、 十三夜は人々が新しい情報を欲しがる、知的なイベントでもあったのです。
なぜ十三夜は「栗」なのか?販売店が作ったブームの裏側
栗の「大きさ」を競い合った江戸の八百屋
十三夜が「栗名月」と呼ばれるようになった背景には、八百屋たちの激しい販売競争がありました。 各店は「どこよりも大きく、ツヤのある栗」を仕入れることに命を懸けていました。
店先には、選りすぐりの大粒栗を「天下一品」という立て札と共に並べ、 通行人の目を引く工夫を凝らしていました。
当時の栗は、現代の私たちが思う以上に「贅沢品」であり、 特に十三夜にお供えする栗は、家族の繁栄を象徴するものとして、 妥協せずに最も良いものを買うのが江戸っ子のプライドでした。
焼き栗屋が広めた「香ばしい匂い」の誘客術
生の栗だけでなく、屋台で売られる「焼き栗」も十三夜の人気商品でした。 冷え込み始める秋の夜に、ホクホクとした焼き栗の匂いは、 最高の客寄せパンダ(誘客ツール)となりました。
「月を見る前に、まずは腹ごしらえ」という人々に、 手軽に食べられる焼き栗は大ヒットしました。
また、焼き栗の殻を剥く様子が「殻を破って成功する」というゲン担ぎにも繋がり、 受験や勝負事を控えた江戸の人々にとっても、好んで買われる商品だったのです。
十三夜の「片見月」を逆手に取った商人の知恵
十五夜の購入者リストを活用した「リピート商法」
江戸の商人たちは、非常に優れた顧客管理を行っていました。 十五夜に団子や栗を大量に買った家庭をリストアップし、 十三夜が近づくと「あちらの月も見ないと、せっかくの運気が逃げますよ」と御用聞きに回ったのです。
「片見月(かたみつき)の禁忌」を巧みに利用したこの営業スタイルは、 現代のサブスクリプションやリピート購入の促進に通じるものがあります。
一度十五夜でお世話になったお店から声をかけられれば、 律儀な江戸っ子は「そうか、十三夜も準備しなきゃな」と二つ返事で注文したと言われています。
「月見セット」に含まれていた意外なアイテム
当時、十三夜に向けて売られていた「月見一式セット」には、 現代では考えられないような面白いものが含まれていました。
例えば、「月を見るための角度を調整する台」や「月明かりの下で読むための和歌の短冊」などです。
これらは単体では売れにくいものですが、お供え物と一緒にパッケージングすることで、 「せっかくなら本格的に楽しみたい」という消費者の欲求を刺激しました。 こうした商品開発能力が、江戸の市場を常に活気あるものにしていたのです。
江戸の「水辺」で商売をしていた船宿の十三夜
隅田川の船宿が売っていた「特等席」
江戸の風流な楽しみ方の最高峰は、川に船を出して、空の月と水面の月を同時に楽しむことでした。 十三夜の夜、隅田川などの船宿は一年で最も忙しい日の一つでした。
船宿は「月見船」という商品を売り出し、 船上での豪華な料理と、静かな水上からの眺望をセットにして提供していました。
このチケットは非常に高価でしたが、富裕な商人や武士たちはこぞって予約を入れました。 「地上で混雑に揉まれながら見る月」と「船上で優雅に眺める月」という差をつけることで、 高級感のある商売を成立させていたのです。
船の上でしか買えない「限定の肴」
船宿では、船の上でしか提供されない特別な酒や肴も売られていました。 例えば、川魚を使った季節の天ぷらや、月の光で冷やされた特別な酒などです。
「場所限定・期間限定」の商法は、 消費者の「一生に一度の思い出にしたい」という心理を強く揺さぶりました。
こうした水辺の商いは、十三夜の夜に江戸の街をさらに幻想的な雰囲気に包み込んでいました。
十三夜の「お供え野菜」に隠された意味と販売店の工夫
里芋の「衣かつぎ」が売れまくった理由
十五夜が「芋名月」と呼ばれる一方で、十三夜でも里芋はよく供えられ、売られていました。 特に皮付きのまま茹でた「衣かつぎ」は、その形が月の光を浴びたお坊さんのようにも見え、 「清らかさ」の象徴として好まれました。
八百屋では、泥を落としただけの里芋ではなく、 あえて「お供えに最適な、形が整ったもの」を選別して、 通常よりも高い価格で「献上用里芋」として販売していました。
消費者は、神様に捧げるものだからこそ、少し高くても見栄えの良いものを求めたのです。
柿や梨など「秋の果物」のディスプレイ術
十三夜の時期は、柿や梨といった秋の果物も旬を迎えます。 当時の果物屋(水菓子屋)では、これらの果物を高く積み上げ、 「豊穣の秋」を視覚的に訴えかけるディスプレイを行っていました。
特にオレンジ色の柿は、夜の暗闇の中でも月明かりを反射して美しく映えるため、 お供えの彩りとして欠かせない存在でした。
お店側は「この柿をお供えすれば、家族に金運(黄金色)が巡ってくる」といった、 色のイメージを活用したキャッチコピーで販売を促進していました。
江戸の「筆屋」が十三夜に売った「月見の記録」
短冊や色紙を売る文房具屋の戦略
江戸の人々は、美しい月を見ると和歌を詠んだり、俳句をひねったりする習慣がありました。 そのため、十三夜の前には文房具屋(筆屋)で、 金銀の砂子(すなご)がまかれた豪華な短冊や色紙が飛ぶように売れました。
「せっかくの傑作を記すなら、最高の紙に」というニーズに応えるため、 お店側は月見専用の「月影デザイン」の和紙などを開発して販売していました。
これは現代で言えば、SNSで写真を撮るためにオシャレな背景や小物を買う感覚に近く、 自らの感動を形に残すための商売が成り立っていました。
「月見日記」のための専用ノート
また、毎年のお月見の様子(天気や一緒に過ごした人、食べたもの)を記録するための、 今で言う「エンディングノート」や「手帳」に近いものも売られていました。
「去年の十三夜はどうだったか」を振り返り、今年の準備に活かす。 そんな丁寧な暮らしをサポートする商売が、江戸には存在していたのです。
江戸の「灯り」を売る商売:十三夜の照明事情
和蝋燭(わろうそく)屋が提案する「お月見モード」
お月見の主役はあくまで月ですが、足元や手元を照らす灯りも必要です。 蝋燭屋では、十三夜に向けて「煤(すす)が少なく、炎が安定している」高級な和蝋燭を販売しました。
「月の光を邪魔しない、控えめな灯り」というコンセプトは、 風流を解する江戸っ子たちに高く評価されました。
また、燭台(しょくだい)にも月の彫刻が施された限定品が登場するなど、 インテリアとしての楽しみも同時に提案されていました。
提灯(ちょうちん)屋の「名入れサービス」
夜道を歩いて月見スポットへ向かう人々には、提灯が欠かせません。 提灯屋では、十三夜に合わせた「月とうさぎ」の絵付けを施した提灯や、 自分の名前や屋号を「月型」の中に書き入れるサービスを行っていました。
こうした「パーソナライズ商売」は、所有欲を満たし、 特別な夜をより自分らしいものにしたいという願いを叶えるものでした。
江戸の「占い師」が十三夜に売っていた「月のお告げ」
十三夜の「影」で占う、来年の運勢
江戸時代の街角には、多くの占い師がいました。 十三夜の月は非常に明るいため、自分の影がはっきりと地面に映ります。 この影の形や濃さを見て、来年の健康や金運を占う「影占い」というサービスが売られていました。
「今年の月は一段と明るいから、影が濃く出ている。これは来年も安泰だ」といった、 前向きな言葉を売る占い師の周りには、多くの人が集まりました。
不安な世情の中でも、月の光を希望に変える「言葉の商売」が十三夜を支えていたのです。
「月守り」を売る神社の門前商売
大きな神社の門前では、十三夜の夜だけ特別に授与される「月守り(つきまもり)」が売られていました。 「ツキを呼び込む」という言葉の綾もあり、 商売人たちは競ってこのお守りを買い求めました。
これは現代の神社仏閣が「限定御朱印」を出すのと同様の心理を突いたものであり、 十三夜がいかに宗教的・社会的に大きな影響力を持っていたかを物語っています。
江戸の「酒屋」がおすすめした、十三夜にぴったりの銘柄
「月見限定」の樽酒と枡(ます)の販売
酒屋では、十三夜の数日前から「月見用の新酒」が入荷したことを知らせる杉玉(すぎたま)を掲げました。 特に、香りの良い杉の樽に入れた「樽酒」を、 その場で小分けにして売るスタイルが人気でした。
「月が映るように広く浅い、特製の白木枡」もセットで売られており、 枡の中に月を閉じ込めて飲む、という演出が楽しまれました。
こうした「飲み方」まで提案する酒屋は、単なる小売店を超えて、 ライフスタイルの提案者としての役割を果たしていたのです。
甘酒売りが夜道で稼いだ「温かい商売」
秋の夜は冷えます。そこで大活躍したのが「甘酒売り」です。 天秤棒を担いで「あまーい、あまーい」と声を出しながら歩く甘酒売りは、 月見に夢中になって体が冷えた人々にとっての救世主でした。
「飲む点滴」とも言われる甘酒を、月を見上げながら飲む。 そんな素朴ながらも贅沢な商いが、江戸の夜を温めていました。





